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エリック・クー [シンガポール]


『Mee Pok Man』(1995)film by Eric Khoo



エリック・クーの作品には必ずといっていいほど「死者」が出てくる。中国風に言えば「鬼」(=幽霊)(グイ)である。(そういえば、例の「中元節」の別名は「鬼節」というらしい。)

これは中国怪異小説の影響なのか、あるいは、シンガポールの潔癖指向や管理社会の下にある「生」の実感の希薄な現代人に「メメント・モリ」と言っているのか。高度な都市化は「死」を隠蔽してしまう傾向にあるという。『シンガポール・ドリーム』(2006・コリン・ゴー&ウー・イェンイェン監督)では、HDB公共住宅のエレベーターの中に小便をする人が多く、社会問題化しているという話だったが、それは潔癖志向に対する、人間の自然な抵抗反応であるような気もする。

エリック・クーの映画の多くの登場人物は、社会の最底辺で生きている人々だったり、絶望している人たちである。今回見た3作品に共通したルールがあるとすれば、死の淵に生きてる登場人物には、たいてい「鬼」(=幽霊)が寄り添っているのである。



『ミー・ポック・マン』(1995) 

監督の長編処女作。処女作にはその作家の全てが詰まっているといわれますが、この作品は文字通り「死者」と生活を伴にする男について描いている。
旧中華街の軒先の屋台でミー・ポックを売る男(ジョー・ン)は、ウスノロと呼ばれるような類いの男。その店に集まってくる娼婦たちの中の一人、バニーにどうやら恋心を抱いている。バニーは家族を養うためにこの仕事をやっているが、この仕事から足を洗い、この街を出て行きたいと思っている。彼女には懇意にしているイギリス人がいて、その旨を伝えるが、取り合ってくれない。どうやら遊ばれているようである。
ある深夜、事件は起こる。バニーはひき逃げ事故に巻き込まれてしまう。(元締めのヤクザの仕業かと思ったが、違った)瀕死の状態で道路に倒れている彼女をミー・ポック売りの男が見つけ、救急車を呼ぶのかと思いきや、自分の部屋に連れて行き、介抱する。意識を取り戻した彼女だったが、決して回復したというわけではない。予想通り、彼は欲望のまま彼女を犯す。彼女は、それを受け入れているようにも見えるが、性交の最中に絶命してしまう。これぞエロスとタナトスだ、ということもできるが、ショッキングで猟奇的な光景である。さらに信じがたい光景は続く。彼は、バニーの体が腐りはじめても、一緒に生活をつづける。髪の毛の抜け落ちる彼女をテーブルにつかせて、愛を囁くのだ。
男は、死んだ父親の遺影の前になぜか温泉玉子(ポーチドエッグだったかも)を供えるのを日課にしている。その日、彼のそばには、父親の「鬼」(=幽霊)が座っている。それはミー・ポック売りの男が、そろそろ死を迎えることの暗示となっているような気がする。
前半のシーンでバニーが売春の客に犯されているとき、彼女の視線の先に、そこにはいないはずのミー・ポック売りの男が椅子に座っているという不思議なシーンがあった。それは二人が何か無意識下で、あるいは別な世界で通じ合っているような映像に見える。日記やモノローグからは、彼らの純粋さが語られるけれど、その純粋さがこの社会で生きていくことの難しさに繋がっている事は容易に想像できる。二人は死によって幸せを成就できるのだ、とでも言っているかのようである。何ともやりきれない話だ。
娼婦の弟が聴いていたサウンドトラックが気になる。


『12階』(1997)

長編2作目。HDB公共住宅に住む3組の家庭事情を描く。物語は「鉄腕アトム」のTシャツを来た青年が飛び降り自殺するところから始まる。口うるさい母親とともに暮らす、いかず後家の太った女は虚ろな目をしながら、どうやら死ぬことを夢想している。そのそばに、死んだはずの「鉄腕アトム」のTシャツの青年の「鬼」(=幽霊)が寄り添っている。
高校生の姉と中学生の弟は、両親の旅行中、彼らの監視役をする一番上の兄の小言にうんざりしている。眼鏡をかけた、サンダーバードにでてくる人形キャラのようなその兄は、どうやら高校の教師らしい。兄は、姉弟の学費を出しているらしく、度を超した干渉をしてくる。その言動は、偏狂的で、彼はまるでシンガポールの管理社会そのもののようである。
また、屋台で汁麺を売る自称「社長」の出っ歯の男(ジャック・ネオ)は、北京で知り合った美人の中国人女性と結婚している。嫁はシンガポールでの彼の現実に幻滅し、どうやら別の男の影がある。二人の喧嘩の様子、マシンガントークが最高に可笑しい。
最初はシリアスに始まったが,徐々に『家族ゲーム』『逆噴射家族』を思い出させるブラックコメディの様相に。劇中で、年間400人の自殺者が出ている、というセリフがあった。中学生の弟が、「鉄腕アトム」の青年が死んだ場所で寝そべっている姿に、ドキリとさせられた。彼の将来を暗示させている。





『一緒にいて』(2005)

前作から8年ぶりの作品なのだが、冒頭のレストランのシーンで『12階』で飛び降り自殺した「鉄腕アトム」のTシャツを着た青年の姿がちらりと映っていて「!」マーク。見てはいけないものを見たようで、これは相当に怖い。つまり、この作品は前作の続編であるということか。
こちらも3組の人物のストーリーが微妙に絡みあっている。チャットで知り合った女子高生どうしの同性愛。髭面の警備員のショッピングモールに来る女性客への一方的な恋。そして、聾・唖・盲の3重苦を背負ったテレサ・チャンの手記に心を動かされる老人の話。彼は妻を亡くし,失意の中に生きていた。彼の側にはやはり妻の「鬼」(=幽霊)が寄り添っていた。しかし、彼が生きる気力を取り戻していくと、「鬼」は立ち去っていくのだった。このエピソードは非常に感動的だ。
映画の中に出てくる多彩なコミュニケーション手段。携帯メール、手紙、手話、タイプライターで記録される手記。さまざまな手段を持ち得た現代人だが、それゆえに生まれる孤独を、3重苦を背負いながらも豊かに生きるテレサ・チャンの実人生と対比して描いている。
相手に無視された女子高生は、ビルの屋上から飛び降り自殺を図り、髭面の警備員を巻き込み殺してしまう。(女子高生は助かりそうな様子)冒頭の「鉄腕アトム」のTシャツを着た青年の「鬼」は、髭面の警備員に寄り添っていたのである。


『私のマジック』(2008)

関連記事:http://e-train.blog.so-net.ne.jp/2009-05-11
ラストシーンで、やはり「鬼」は出てくる。いや、これを幽霊というのは、確かに抵抗がある。映画的表現としかいいようがないものですが、しかし、前3作を見てしまうと、そう説明したくなる。
死んだ母親と若い頃の父親が、舞台でマジックをする姿。パラジャーノフ映画みたいな幻想的、かつ美しいシーンであった。残された子供はどうなるのか。「マッチ売りの少女」のようなラストである。


Eric khoo's web site(邱金海 )
http://www.erickhoo.com/

Zhao Wei Films(昭瑋電影公司)
http://www.zhaowei.com/

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シンガポール映画ファン

エリック・クーで検索していたらこちらに来ました。
こんなイベントがあるのでお知らせしておきます。
http://www.tiff-jp.net/ja/news/100907_singapore.html

次回作も見たいですね。
どうもお邪魔しました。
by シンガポール映画ファン (2010-09-25 18:55) 

モンキーカネコ

シンガポール映画ファン様

監督の基調講演があるのですね。

都合がついたらぜひ馳せ参じたいと思います。
お知らせありがとうございました!
by モンキーカネコ (2010-09-26 23:58) 

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